ロロノア家の人々

    “罪作りな朴念仁”
 


屋敷の裏手には それは広大な竹林があって、
少しでも風が吹くと、ざわざわ・ざざんと波打つような音を立てた。
カエデやイチョウと違って、
一年中変わらずに、青いまんまなようにも見えるけど。
実は実は春にあんまり目立たぬ花が咲き、
その頃合いに、古い葉っぱが散るのだそうな。
その後は、他の木々と同じよに、新しい葉が瑞々しく生い茂る。
梢を満たす、張りのある葉。
しなやかな幹も ようようたわむので、
少しでも風のある日は、ざわざわという音が屋敷を取り巻いていて、
何かの拍子、それまでが静かだった中へ、
思い出したように鳴り響くような時は いつも、

  ―― 海の近くにいるみてぇだな。

そちらの方へと眸をやって、
どこか懐かしそうなお顔になってた両親だった。



山野辺の片田舎の小さな村。
近隣周縁の同じような小さな村や里しか知らず、
外の世界になんて出て行きたいとも思わない住人が大半で。
だから“海”なんて見たことがない人ばかり。
それでなくとも、世界中に…こんな田舎へまで轟いていたのが海賊たちの噂で。
野盗より乱暴、山賊より残酷、
そりゃあおっかない連中が徒党を組んでる一団だとか。
なにせ、そいつらが暮らす“海”ってのがまた、並大抵の場所じゃあない。
大海原は陸より広く、塩水以外は何にもないから、
迷子になったら一大事。
目的地までの航海は、水や食料だけじゃあない、
方角を測る術と船を操る術と、それらを駆使出来る頼もしい船員たちも必要で。
ちょっとでも舐めてかかれば、あっと言う間に遭難しちゃう、
干からびたまま、誰にも見つけてもらえずに死んじゃうかも知れない恐ろしいところ。

 「いや〜〜〜〜〜っ。」
 「あ、すまんすまん。」

耳を塞いで きゃあきゃあ言い出すおチビさんたちに、
あわわと謝った親御さんたちだったのは ともかく。(苦笑)
そんなところへ、好き好んで自分から漕ぎ出すような輩たち。
しかもしかも海賊たちには、目的地なんてありゃしない。
あるのかどうかも確かじゃあない、
“ワンピース”とかいうお宝を目差しての冒険がその始まりで。
だがだが、大半がその途中から挫折してしまい、
中途半端な志しで中途半端なゴロツキにしかなれなんだ奴らが、
手近な船を食いつぶしての成り上がり。

 「世間様が言うところの“海賊”ってのは、そっち指してるからなぁ。」

困ったもんだと感慨深げに“うんうん”なんて頷いてた母上こそ、
その“ワンピース”とかいう途轍もない秘宝に、
一等賞で辿り着けた海賊団を率いてた、伝説の海賊王その人で。
そしてそして、そんな母上を補佐していたという副長を務めつつ、
世界中の剣士たちの頂点に立つ“大剣豪”という名の練達の君が、
今もなお、当時の補佐役をそのまま引き続き担っておいで。

 『あんの野郎、ちょっと眸ぇ話した隙に…。』

腕っ節も度胸も、どんな肩書の王にも勝るほど、
威風堂々と備えた存在の“海賊王”ではあるものの。
孤高の存在でいるのは、ともすりゃ苦手な気性のお人。
何かしら、一大事が出來(しゅったい)したなら、
孤軍奮闘も厭わぬ、そりゃあ頼もしい豪傑なのだが。
だがだが、それよりもと着目すべきは、
仲間という宝物を一等大切にした彼だったことで。
クセのある者、素直じゃない者、直前まで敵だった者さえも、
特に詮索もせぬまま仲間に引き入れていた彼は、
そんな仲間を守ること、自分の技量のうちとしてもおり。
とてもじゃないが要領がいいとは到底言えぬ、
そんな不器用な船長を、そんなところがいいのだと。
自分では口にするのがちと照れ臭いことまでも公言出来る、
あっけらかんとした懐ろの大きさが気に入ったからと。

  ―― 自分でよけりゃあ手を貸してやる、
     だから、お前は のほほんとしてな。

そんな順番で、傍にいてやること決めた。
いやさ、他の誰にもこの位置は譲らぬと、
破天荒船長の小さな背中、守り続けて来た剣豪殿は、
陸(おか)へ上がることとなってもなお、
その立ち位置から離れようとは思わなかったらしい。
そして……。




      ◇◇◇


 そのまま夏になるんじゃないかと思われた猛暑の後、やっぱりやって来た“梅雨”とかいう長雨の余韻だろうか。朝方の涼しいはずな頃合いから、随分な湿気を居残した蒸し暑さが垂れ込める。これでも晴れたらマシだろかと、まだ少々幼い様子で奥方が訊いたのへ。さあどうでしょうねぇと、ここでの彼らの“お母さん代わり”を務めるご婦人が、苦笑混じりに小首を傾げた。

 「からりとなるかどうかは、そもそもの空気の湿気が多いかどうかですからねぇ。」
 「そか、お天道さんでも乾かし切れねぇか。」

 暑いのは苦手なのだろ、ややうんざりと眉を寄せたルフィだったが、そこへと、庭先の方から駆けて来た坊主頭の坊やが飛びつく。

 「お母さん、皆が裏まで笹取りに行くって。なあなあ、俺もついてっていい?」
 「ついてったら邪魔になんじゃねぇか?」
 「なんねぇもんっ。」

 ウチのは俺に決めさせてやるって、お父さんも言ってたもんと、そこまでの約束は既に取り付けていたらしく。それでもルフィにも了解を得ないとと、わざわざ聞きに来たところは なかなかにいい子だ。そろそろ腕白な利かん気が、お顔にも滲んで来たものか。父親をそのまま三頭身に縮めたようなと、周囲が評する元気な坊や。そんな父親を越えるような剣豪になるんだと息巻くのは、もちょっと先の話だが。それの手前、お子様ならではな“自分が天下”という感覚の中にあっても、自分の両親は随分と並外れた“強わもの”たちだと察しているらしく。だからこその尊敬や畏怖か、いやいやそんな両親なのが誇らしくてのこと。その視野から外れるところまで駆けてって遊ぶようになり、随分なやんちゃをするようになっても。何かというとこうして“お伺い”を立てに来るのが、可愛いというか…まだまだ子供で底が浅いというか。
(苦笑)
「そか、じゃあ行ってもいいぞ。」
 途端に“やった”とはしゃぐおチビさんへ、とはいえ、遊びじゃあないんだ、くれぐれも邪魔はすんなという意味合い、
「迷子とかになんじゃねぇぞ?」
 今日は皆 忙しいんだからなとクギを刺すのも忘れないところが、これでもお母さんなルフィだったが、

 「大丈夫だもん。俺、お父さんと違うから。」
 「……☆」

 畳み掛けたそのまま、道場がある方へと駆けてく小さな背中を見送って…。

 「…あれは叱った方がいいのでは。」
 「う〜ん、でもなあ。嘘は言ってねぇんだしよ。」

 そりゃあお強い師範だが、実は相当な方向音痴なこと。さすがは家人で、とうに気づいてる坊やだったらしく。馬鹿にしているワケじゃなし、むしろ、唯一そこしか勝ち目がない、体格も力も技量も途轍もなく大きな父上だからと。
「判りやすい欠陥があんのが、嬉しいのかも知れねぇし。」
「そうですかねぇ。」
 目に余るようなら、ゾロの方が雷を落とすこったろからサ、俺らは放っといていいんじゃね?と。相変わらずにおおらかなお言いようをした奥方、

 「それよか、こっちも忙しいんだろ?」
 「あ、ええ、そうでした、そうでした。」

 今宵は七夕。笹を飾って夜空を見上げ、ここいらではそりゃあ綺麗に見渡せる、天の川へと想いを馳せる。天界の恋人たちが年に一度の逢瀬を果たす、ロマンティックな伝説のせいだろか。あちこちで恋の交歓も交わされるらしく、また、子供らも特別に遅くまで起きてていいと来て。それへと供される御馳走やら酒の肴やら、お母さんたちにはそれなりの準備も要りような1日であり。
「俺も手伝うぞvv」
「はい、おねがいしますね。」
 白玉団子を蒸したりついたり、ルフィにも出来よう力仕事はたんとあり。こちらだって腕白さんには違いないのを、そりゃあ上手に御せるお母様の笑顔に連れられて。古風な庫裏、納所の方へと向かった主婦連だったりする。


  ……… そして


 母屋の奥向き、居間の手前の両親のお部屋のお廊下からは、

 「………………お父さんvv」

 ちょっぴり恐る恐るという響きもする、愛らしい声がして。肩越しに“何だ”とそちらを向いたれば。庭へと向いた濡れ縁の奥、障子の陰からこそり、お顔だけを出した幼女。色白な頬をほのかな含羞みの笑みに染め。大好きなお父さんへと、近寄りたいような、でもでも憚られているような、そんな微妙な気色でいる様子。昔は遠慮も何もあったもんじゃあなくの、ただただ“好き好き”と甘えて来た子が、最近はなぜだろか、こんな風に含羞みを覗かせるようになり。お父さんが実は凄腕の剣豪で、怒らせると怖いと判ったからじゃあない。むしろ、前より“好き”が嵩じてのこと。雄々しきお父さんのことを、夢見るような眼差しで、遠巻きにして見つめるようにもなった、おしゃまな彼女であるらしく。

 「どうした?」

 書見台に広げていた本から眸を上げた、そのしゃんとした座りようからして。毅然とした武人たる凛々しさ、厳格さに満ちており。彫の深い、くっきりした目鼻立ちが精悍な、匂い立つよな男臭さを、されど今は控えての穏やかに。愛娘を見やるお顔の何とも優しいことだろか。そんなお顔にほだされて、小さな姫がちょこりと、開けられた障子の陰から出て来れば、

 「おお。」

 渋めの赤と きりとした白の。幅のある縞地のところどこへ、黄色い紅花が散りばめられて可憐。腰に巻いたは紫紺のぼかしが交互にはいった兵庫帯で。糊の堅さが衿やら肩やらに真っ直ぐ走るほど、新しく仕立てた浴衣なの、見せに来たのが一目瞭然。延ばし始めた黒髪は、夕方には結ってもらうらしいとのことで、この上、うなじや細首あらわにしたなら、さぞかし可憐さも増すことだろて。
「あのね? 大町で買ってもらったの。」
 それをツタさんが仕立ててくれて。あ、お父さんとお母さんも、お兄ちゃんにも新しいのあるんだよ? 早々と着せてもらったのは、実を言えば 腰のところで丈を調節する“おはしょり”を見るためだったのだが。日頃着付けぬ和装は新鮮で、作務衣を普段着にしている父とお揃いになったような気がしたか。もちょっとだけ着ててもいい?と、着せてくださったお手伝いさんへお伺いを立ててから、こうして見せに来たらしく。

 「白いのじゃないでしょ?」
 「ああ。」
 「ぼあぼあしてる、赤ちゃんの浴衣じゃないのよ?」
 「そうだな。」

 子供用の浴衣はどうしても、汗を吸って乾かしやすい生地のが多い。その上、汚れが判りやすいようにか、白地に金魚や朝顔の柄という、いかにも幼いものなのが定番で。お友達が“今年は青い浴衣なのvv”と言っていたのが、こっそり羨ましくってしょうがなかった みおちゃんなのを。一番最初に気がついて、その旨、ツタさんへと告げたのが。なんと、このお父上だったとは、

 『ナミやサンジが聞いたら、引っ繰り返って笑い転げるぞ?』
 『……うぉい。』

 何がどう似合わなくって笑えるのかくらいは、重々判ってる奥方が、からかうように言ったほど。仏頂面のその陰で、どれほどお嬢ちゃんに入れ込んでおいでのお父上であることか。それをおくびにも出さない堅物ぶりの方をこそ、大した進歩だと感心しているルフィだったりするようで。
「あのね、今はまだ、みおのお手々じゃ無理だけど。」
 しわにならぬようにと気をつけての小走りで、とたたと居間へ入って来、お父さんの前へまで進み出たお嬢ちゃん。含羞みの濃い笑みに、頬やら目許口許やらを染めながら、それでも えいっと言ったのが、

 「大っきくなったら、お父さんの浴衣もみおが縫うからね?」

 ツタさんが上手に縫ってたの、ずっとずっと見てたのよ? そしたらね、も少し大きくなったら教えてくれるって。みおは器用だから、すぐにも覚えちゃいますよってvv//////// だからね、あのね、

 「それまで、待っててね?」

 一生懸命な告白へ、大人の落ち着きたたえた微笑いよう、それは楽しみだなと目許を細めるお父さんであり。重厚にして懐ろの尋深く、泰然としている風情が何とも言えずの頼もしく。ああ、こんなお父さんなんてどこの子にもいない。歩いてる姿を見るだけでもカッコいいよね、知ってる? 大町のお姉いさんたちにも評判なんだって。アケボノ村の道場師範、凄い男前なんだってよって、茶屋のお姉さんたちが噂してるって…などという。おませさんならではな情報だって聞いてる姫にしてみれば。皆も認める男らしいお父さんが、ますますのこと好きで好きでたまらぬ日々であるらしいのだが。




 「……ま〜たまた やにさがって。」
 「え? 顔に出てたか?」

 後は夕方のお楽しみ、そろそろ着替えといてくださいなと、若い方のお手伝いさんから呼ばれたみおちゃん。は〜いといいお返事をしつつ立ち去ったその後へ、ツタさんから言われてのこと、お茶を運んで来たルフィが呆れたような声を出す。

 「安心しな、それは俺にしか判らねぇ。」

 と言いますか、え?と慌てた時点で自分から白状したようなもの。これを世間では“カマをかける”というのだが、ルフィがそんな高度な引っかけを覚えるようになったほど、

 「みおにかかっちゃあ、大剣豪も形無しなんだもんな。」

 自分のも一緒に持って来ていた湯飲みを持ち上げ、半ば呆れてずずずと啜る。そこのところはルフィも認める、さほど表情豊かな方とは言えぬゾロだったのが、どう功を奏しているものか、落ち着いてて渋くて素敵と、妙齢のご婦人方の間で、結構噂になってるらしく。ご当地へ来たばかりの頃合いは、凶悪そうな笑い方しか出来なんだ彼だったこともあり、女性はおろか男衆でさえ、畏怖してのこと、近寄り難くしていたものが。

  近隣の里を襲ってた野盗集団を、
  まだ数名しかいなかった門弟さんたちと、
  そりゃあ あっさり斬り伏せての、
  あっと言う間に退治してしまった手際のよさと。

 大町から来た役人らが、おお、お久しぶりですなとそりゃあ親しげに声を掛けており。何でもこの地へ辿り着く直前まで、降るように押し寄せる賞金首らを、片っ端からからげて来た剛の者。そうして捕まえた連中は、そのまま大町の番所預かりで中央の警察へと送られたので、そちらの番所が一挙に成績を上げた格好になった。誰の所業かは微妙に煙に巻いたままにしての処理とはいえ、現場のものらは当然のこと、真相を知っており。様々な勇ましい武勇のほど、誇らしげに語るのを耳にして、

  ―― これは大したお人がおいでくださったらしいぞと

 遅ればせながらに理解してのそれからは。急に間合いも近くなっての、親しくして下さるようになったものの。
「俺としちゃあ、恐持てするゾロのまんまの方がよかったかもだな。」
「おいおい。」
 だってよ、おっかないからって声さえ掛けられなかったのに。今じゃあ寄り合いにも一緒に出てくれって、若いめの奥さん連中からどんだけ言われていることかと。ルフィ奥様、それが意味するところも当然分かるか、むむうと膨れておいでであり。

 「だが、俺自身が変わった訳じゃあなかろうよ。」

 周囲からの見方が変わっただけで、態度や何や、こっちから変えた覚えはねぇぞと。そうと言うゾロなのもごもっともと、認めてくれるかと思いきや。

 「…みおに やに下がってるのは、自分の意志からだろうがよ。」
 「う……。」

 あれだってなぁ、ゾロのカッコいいトコは俺しか知らねぇでいいんだっての。よそのお父さんなんてのは、怖がられるか煙たがられっか、ああまで“すーはい”されてんのは、ウチくらいのもんなんだかんな。何が面白くないものか、不平不満を並べるルフィであったが、

 “…その分、坊主からははやばやとライバル視されてるってのによ。”

 大好きなお母さんが、一緒に戦える男だと唯一認めている練達で。夜盗や賞金首が出ただの来ただの、退治してほしいとのお声がかかると。だってのに、お母さんに“お前は居残れ”と言ってしまえる、それをまたルフィが素直に聞いちゃう、辣腕の剣豪。そうであるというのが、長男坊には少々ご不満な今日この頃であるようで。
「聞いてんのか? ゾロ。」
「ああ、聞いてるさ。」
 とはいえ。ルフィのこの絡みようは、もしかせずとも可愛い焼きもち。それと判って聞けば、くすぐったくも嬉しい惚気にすぎなくて。今宵のお空で、久々の逢瀬を持つ恋人さんたちよりも、ずっとずっと恵まれてること。しみじみ噛みしめる、お父さん剣豪だったりするらしい。見えてはないが鼻の下が伸びてやいませんかと。庭先のツユクサが、くすすと微笑った七夕の一景でございます。





  〜Fine〜  09.7.08.〜7.09.

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    ひゃっくり様 『ロロノア家設定で、仲良し父娘』


  *書き始めからして七夕の後からという、遅出しのネタですいません。
   あまりにも蒸し暑いので、筆も(つか手も)なかなか進みませんで。
   こんなお話でどうでしょか?
(ひやひや…)
   ルフィが嫉妬するほどの仲良し父子というと、
   こっちよりも“ぱぴぃ”の方でさんざん書いてましたね。
   ああでも、こっちはお嬢さんの側からのラブラブですので、
   おっ母様も複雑な気分じゃああるのかも?

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

ご感想はこちらへvv

 
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